ライフワークと高齢クリエイター

仕事であれ趣味であれ、歳を取ると現在やってることはすべてがライフワーク。自然と人生をかけた取り組みになってしまう。定年のない仕事をしている人には当たり前のことだが。
ネット上の創作系サイトで、高齢クリエイターがけっこう活躍しているのではないかと思うことがある。それを一番感じるのは小説投稿サイトだ。この手のサイトはインターネット普及直後からあった。画期的な試みだと思ったが、さすが当初は当時は原稿のレベルが低く、さらに言えば安っぽいポルノが多かった。
が、いつの間か膨大なライトノベルの発信源になり、出版やマンガ、アニメといった日本のコンテンツビジネスの一翼を担うほどになっていた。そのレベルはピンキリだが、作者の言葉遣いや歴史的エピソードの引用などを見ると、決して10代、20代ではないと思えるものも多い。しかもかなりのハイペース連載なうえ、いろいろな業種で就業経験がそれなりにあるようにも見える。先日は「人間機関車ザトペック」などという、私でもうろ覚えの古いネタがあった。検索すれば若い人でもわかるかもしれないが、こういう小ネタは同時代性のない人にはなかなか出てこないような気がする。
もしかしたら、創作投稿の世界ではなかなかの高齢者が活躍しているのかも知れない。CGにも同様のクリエイターがいる。若い頃にはとても手が出なかったソフトが簡単に手に入るようになり、ネット上で作品や使い方講座などを公開している。小説についても、昔にも志望者は大勢いただろうが、現実的に地方在住者にはデビューチャンスがないも同然だった。が、創造的な衝動というのは業のようなものなので、夢破れてそれっきりな人だけではなく、なんとなくプロットを書き溜めて来たという人もいただろう。それが例えば定年などで時間ができ、さらに投稿サイトという場所を得た。想像に過ぎないが、あり得ることだと思う。

「お祖父ちゃん、お薬飲んでね」キャンペーン

通院していながら、医者から出された薬を飲まない高齢者がいる。彼らは同世代にたしなめられるとムキになるので、決して忠告などしない。が、医学に関わることについて、我が身を実験台にして医学博士の判断と張り合おうというのだから、あきれはする。その上困ったことに、黙って飲まないだけならまだしも、必ず周囲にそのことを吹聴する。感化されて飲まなくなる人が出てきたらどう責任を取るつもりなのか。こういう人物も、かつては判断力や洞察力を持ち合わせていたのかも知れないが、歳を取るというのは、そういうことなのだろう。

医者には病気を直すことなどできないと思う。が、健康な人を病気にさせないことや、患者を今以上に重篤化させないことはできる。それが、医者のアドバイスである。「タバコをやめましょう」とか「体重を落としましょう」などのありふれたアドバイスであっても、それで重症化が防げることがわかって言ってるのである。逆に言うとそれを無視した場合に◯年後、さらにその◯年後にどういうふうに重篤化していくのか、医者の頭の中にははっきりしたイメージが見えている。それを口にはしないが。「この薬を飲んでください」というのも同様だ。アドバイスだけ、またはありふれた薬を出すだけで済んでいるなら、なんとしてもそれを守って、将来の重篤化を防がなければならない。
私は、世の中に名医などというものはおらず、ただ名患者がいるだけだなのだと思っている。なんとか大学先端医療チームなどにかかるようになったら、片足突っ込んでいるようなものだ。好き勝手している患者を直せる医者などいないが、その指示に忠実に従う名患者になら、誰でもなれる。

さて、薬を飲まない年寄りには何を言っても無駄だが、孫にたしなめてもらうのなら別かもしれない。そこで薬嫌いの祖父母のいる若い人、子供の口から、「長生きしてほしいから、病院の薬を飲んで」と言ってほしいと思う。大事なお祖父ちゃんを、愚かで短命な爺いにしない鍵は、君たちが握っているのだ。

薬をわざわざ吐き出す年寄までいる、ということか。さすがは「いらすとや」、よく観察しているものだ。

タイトル画像の話 / イラストの街並み

平面イラストの建物正面図に、窓などをちょっと引っ込めただけの建物。立体的になって、案外それらしく見える。イラストではなく、写真を使えばさらにリアルになる。CGで作った映画背景のなかには、その程度のものも随分あるらしい。セットを組んだりロケに比べれば、ずっと短時間で済む。それもまたCGならではの利用法だ。