北海道にも忍術道場がある。場所はここでは公開できないが…。表から内部が見えないので、通りがかるたびに誰か出入りしないか見ていたのだが、その気配はない。おそらく主婦やケータリング業者など、いちばん怪しくない格好をしているのが忍者だろう。そこまで分かってる私が見逃すはずはないと思うのだが、すぐ脇を通り抜けてるのに気づかないということもありうる。
忍者の七つ道具のひとつ、十字手裏剣はよい子の必須アイテムだ。ワッシャーや釘などで、作った人も多いだろう。素材を探し、デザインを考え、根気よく削り上げる。がんばればできるという達成感と、バカをやると痛い目にあうという教訓も得られる。お子様の健やかな成長には欠かせない品だ。
だが、作った人はわかるだろうが、あれを何枚も懐に入れて素早く取り出すのは無理である。どう置こうと、どれかの切っ先がこちらを向いてるのだから、危ないことこの上もない。毒を塗るなど論外である。その点は大人になるにつれて、むしろ謎が深まった。専用のケースがあるふうでもないが、史料として現物はちゃんと残っているのだから。
私は過去数十年間、十字手裏剣についてたまに考察を重ねた結果、あれはウソなのではないかという結論に達した。そんな言い方をすると身も蓋もないが、実戦ではウソは極めて効果的な戦術である。例えば「地雷原を敷設するのに最低限必要なのは何個か?答えゼロ個」というのがある。「ここから地雷原」という看板を立てるだけで、敵軍は除去作業をしなくてはならなくなり、進軍スピードがぐっと遅れる。それで十分地雷としても役割を果たす。虚実とりまぜた情報をコントロールし相手を不利な状況に導く。それこそがウソの効用であり、かの孫子も「兵は詭道なり(戦争とは騙し合いだ)」と言っている。
そう考えると十字手裏剣も、敵の忍者を混乱させたり、クライアントである戦国大名たちへのプレゼンテーションのための、はったり新兵器だったのかもしれないと思う。

