退化論

チャールズ・ダーウィンの進化論は、あらゆる生命が環境の変化に対応して進化してきたことを示した。これは個人にとっても言えることで、若い頃には自分が進化したと感じる瞬間もあった。が最近はもっぱら衰えを感じる一方で、これもヒトの退化の一種なのではないかと思った。おそらく生物についても、進化して生き残ってた種よりも、退化して絶滅したもののほうがはるかに多いだろう。そこで私は、これまで取り上げられることの少なかった「退化」について、自分自身の例も含めて書いてみようと考えた。概要は以下のとおりである。

  • まえがき「ヒトはなぜキレるのか」
  • 「耄碌」と「ヤキがまわる」
  • 老化現象と人格崩壊
  • COVID19騒動に見る社会常識の衰退
  • 社会システムとしての退化
  • 「進化し続ける精神」という幻想
  • 遺伝子の退化と脳の退化
  • ダーウィン「進化論」の功罪
  • あとがき「進化の果てにある退化」

という冗談を書いていたのだが、だんだんわびしい気分になってきて、書く気がなくなった。かつて数々の不謹慎な冗談で名を馳せてきた自分とは思えない体たらくである。バカをやるにも若さが必要らしい。歳はとりたくないものだ。

蝦夷家紋 / 成吉思汗鍋

日本の家紋には動植物から自然現象、家財道具まで様々なモチーフがあるが、北海道にちなんだものはない。開拓使設置から150年以上経つのだから、北海道にちなんだ家紋があってもいいと思う。そこで将来、伝統的な家紋に紛れ込んでくれることを期待して、蝦夷家紋を作ってみた。今回は「成吉思汗鍋」である。

北海道人ならだれもがすぐ分かるデザインだが、この調理法と独特の鍋がどうやって出来たのか、地元の高齢者にもよくわかっていない。第一次、第二次大戦期の北海道では、羊毛の不足解消のため綿羊の飼育が奨励されたが、戦後輸入品や化学繊維が普及し、綿羊飼育農家は肉羊飼育への転換を図った。一般に普及したのは戦後で、独特の焼き方と食べ方は復員してきた兵員が中国北部の羊料理を伝えたものともいわれている。中央が盛り上がった独特の鍋の形は、由来がよくわからず、中国でもあまり見かけない。きっと知られざる天才の独創なのだろうと思う。

子供時代を振り返っても、うんと小さいころはジンギスカンの記憶はなく、ある日突然食べるようになった。おそらく一気に流行したのだろう。肉屋では鍋を貸し出していたが、すぐにほとんどの家に鍋があるようになった。上のデザインで白い部分は穴で、脂が火に落ちて猛烈な煙が出るが、それが燻製のような味わいを加えてくれる。室内ではとてもできないので、庭や玄関先でやらかすのだが、それでも煙がもうもうと上がり、匂いが立ち込める。かなり近所迷惑な料理ではあるが、それをとやかくいうのではなく、多くの家庭で我が家もということになったのだろう。新しもの好きな道民の気質が生んだ料理である。

オリンピックでボルダリングを観よう!

ボルダリングというスポーツがある。屋内の壁に取り付けられた様々な色や形の出っ張りをたよりに、壁をよじ登ってしまう競技だ。そういう競技があることは知っていたが、東京オリンピックから正式種目になり、しかも日本人のメダル候補もいるという。

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どうだろう、このバランス、この動き。以前見た時に比べ、はるかに高度な競技になっている。ルール自体は落ちたら終わりという単純さだが、次にどこを狙おうとしているのか、何を我慢しているのか、門外漢にもなんとなく伝わってくるようだ。その世界最高レベルの競い合いが、面白くないはずがない。
オリンピック開催反対の声も聞こえてくるが、どのみち会場に行くわけではない。訳知り顔で不平不満を言うジジイではなく、ささいなことでもエビス顔で楽しみにするような爺さんになりたいし。感染だけでなく、観戦のほうに注目してもいいだろう。