キャラクターを作ってみた / キョンシー

CGで舞い散る紙片を作る方法を思いついたので、キョンシーを作って呪符を撒き散らしてみた。物体を不規則に配置するのは案外やっかいで、1枚ずつ手作業でやると時間がかかるだけでなく、作為的に見える部分ができてしまう。今回は透明な球体の表面に呪符を貼り付けたものを二重に配置した。

キョンシーの格好は、清朝の役人の服装だが、あまり高級役人ではない。高官が来ていたものは豪華な織りや刺繍が施されていた。
江戸時代、松前藩は密かに中国から官服の払い下げ品を仕入れ、蝦夷地特産の「蝦夷錦」と称して出荷していた。陣羽織や煙草入れなどに作り変えられ、武士や裕福な町人の間で人気を呼んだという。
蝦夷地は広大なうえ米が取れないので、まともに石高を計算されるととんでもないことになる。そこで松前藩は蝦夷地を小さく見せるために、石狩川あたりまでしかない、さつまいものような形の蝦夷地図も作ったらしい。松前藩が日本史にあまり登場しないのは、中央から遠いのを利用していろいろ上手く立ち回っていたからかもしれない。見習うべきである。

経文風のコメントの読み方は

鬼魅は死するなく、生滅もなし。
病まず苦まず、つねに幽冥に住す。
自在に出入りし、往来に礙(さわ)りなく、
形を離れ、相を離れ、塵労を超越す。

「おばけは死なない、病気もなんにもない」という、往年の名歌の一節をChatGPTで偽経風につくってもらった。なかなか堂に入っている。バチが当たるかもしれないが。

タイトル画像の話 太陽系ビリヤード

高校時代、悪友に誘われて何度かビリヤード場に行った。当時は4つ玉台がほとんどで、店の看板も4つ玉マークだったと思う。ポケット台もあったが台数が少なく、高校生としては「小僧、ここはお前さんにはまだ早いぜ」と言われている気がした。

太陽系の惑星をビリヤード・ボールに置き換えるのは大したアイデアでもないし、技術的にも非常に簡単だ。公開する気もなく、なんとなくボールを惑星に置き換えていたとき、土星はどうだろうということになった。そしてビリヤード指南を受けた時に、台のフェルトは非常に高価なうえ、ちょっとでも傷がつくと全面張り替えなければならないと脅されたことを思い出した。なので、土星を転がすとこうなってしまうということで…。

技術的に簡単だからと言って、本物のビリヤード風景を再現できたかというと、けっこう疑問だ。ちゃんとしたプレイヤーの、ミリ単位でポジションの違いを読み取る厳しい目で見ると、ポケットのルールも殆ど知らない自分の作った画像は、おかしな点だらけだと思う。そのへんはネタということで。

今日はハロウィン

我々にとってハロウィンは、アメリカのアニメなどで見かける風変わりな子ども行事だった。今では有名になった「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」も封切り当時は2流館での上映で、ほとんど人のいない館内で観た覚えがある。子どもにビデオと絵本を与えたらすっかりトラウマになったそうだが、ディズニーの配給になりキャラクター化したころには、真っ先にぬいぐるみを買っていた。良質のトラウマは半端な道徳に勝るのだ。

唐突だが、我々世代のトラウマは原爆映像だ。焼けただれ、毛の抜けてしまった被爆者や、燃え尽きて人の影だけがが残った石段などの記録映画が、夏ごとに学校や寺に子どもを集めては上映された。TVでも流れたと思う。戦後も結構過ぎていたのでいい迷惑だが、このショッキングな映像は核を使うとどうなるか、という強烈なメッセージになった。
核兵器は「決戦兵器/Weapon To End The War」とも呼ばれ、ブラッドレー将軍などは朝鮮戦争でも使いたがったが、日本が被爆の実態をアピールし続けたことで、抑止力だけで実際には使えない兵器へとレベルダウンした。その後使い道のない金食い虫と化した核兵器は、各国で削減が進み、オバマ大統領が広島を訪問するまでに至った。我々のトラウマも無駄ではなかったようだ。今は、原爆映像は大っぴらには見かけない。被爆者のプライバシーやセンシティブ問題があるし、これ以上アピールしても、民主的な保有国に無駄なダメージを与え、独裁的な保有国の脅迫力を増すだけだ。今は核ではなくドローンやAIの時代、そんな認識が広まれば、ますます核兵器の存在価値は減っていくだろう。

個人的にはつながりのある話だが、とりとめがなくなった。が、昔は本当に核兵器や核戦争が怖かったが、今は一部の勘違い国家が子供じみた脅迫に使っていると思うだけだ。「Trick or Treat(お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ)」。子どもの脅迫は、かわいいものなのだが。