どろ~ん...

やっておけばよかったと思うことはいくつもあるが、ドローンもそのひとつだ。ドローン以前にもヘリコプターのラジコン模型があったが、これは非常に高価なうえ操縦が難しく、買った最初の1台は墜落して使えなくなることを覚悟せよとまで言われていた。
それに対してドローンは一番難しい姿勢の制御は機械任せで、上を押せば上昇、下を押せば下降というように、誰でも簡単に操作できる。世界中のあらゆる秘境がカメラに収められている時代でも、自分の頭上ほんの数メートルからの視界さえ、誰も見たことがない。建物の屋上などの限られた場所のほかは航空機からの撮影があるが、地面から相当高い高度からしか撮れないし、飛行禁止箇所も多い。それをぜひ自分の手でも撮ってみたかったし、どうぜ規制されるのだからその前に体験したかった。

ドローン登場以降、案の定それまで見たことのない視点の映像が次々公開された。また空をカンバスにして無数のドローンが集団演技するなど、夢のある使い方が考え出された。
だが、最近のドローンの話題はもっぱら戦争だ。敵の様子を探り、ミサイルを誘導し、さらに自爆までする。まさに主力兵器である。こどものおもちゃを戦争に使ってるように思えて、気分はどろ~ん…だ。

高速道の違反車を追いかけ回して速度を記録し、ナンバーや運転手を撮影するドローンなら、今すぐにも出来るのではないかと思う。ところでこれは本家アメリカ直輸入らしい。

タイトル画像の話/kilroy Was Here

とぼけた顔が塀の向こうから覗いているkの絵は、第二次大戦の米軍の施設や車両などに描かれた落書き。最初に誰が描いたか、どんな意味があるのかなどは謎だが、その後の小説や映画などにもよく登場する。「Kilroy was Here(キルロイ参上)」という言葉が添えられている。敵の攻撃をしのぎながら築いた橋頭堡に描いたもの、とも言われている。が、大した意味はなかったのかもしれない。

例えばボールペン回しのように、深い意味はないが人から人になんとなく伝わっているものが好きだ。行政やメディア、企業が必死に流行らせようとする人工的なイベントやブームは、乗っかろうとすれば金がかかるし、気に入ったからといって個人が勝手にやれば、権利がどうこうという騒ぎになりそうでうっとうしい。もしかしたら昔の文化、例えば縄文式土器の模様だって、学者が言うような意味はなく、なんとなくとか、やってるのを見てかっこよかったからという理由だったのかもしれないと思う。

タイトルの題材に選んだのにも深い意味はないが、CGで作るに当たっては鉄筋の表現に凝ってみた。長い円柱に、錆びた鉄筋の写真を貼り付けただけだが、円柱を伸ばしたり曲げたりして鉄筋らしくすると、今度は貼り付けた画像が不自然にゆがんでしまう。細かく細分化された表面の1枚1枚に、画像を調整して貼りなおしてやっとそれらしくなった。

ゴジラ-1.0

コロナのほとぼりが冷めたら、真っ先にしようと思っていたのが、映画館での映画鑑賞。最初の作品を品定めしていたところにお誘いがかかった。

物語は太平洋戦争終盤の特攻隊基地、敵艦に突撃できずに戻ってきた主人公が、戦友に慰められるところから始まる。これは昭和時代なら絶対に描けなかったシーンだ。昔は、神風特攻隊と言えば戦争の弊害の象徴で、特攻しきれずに戻り、それを他の軍人が暖かく迎えるようなヒューマンな要素は多少なりとも描いてはならない雰囲気だった。が、現実には突撃をためらう飛行士もいただろうし、滑走路がなければ着陸できないのだから、戻るしか無い。軍も彼らがそのまま何処かへ行ってしまうより、飛行機と飛行機が戻ってきてくれるほうがいい。そうすれば別の者が飛べるし、飛行士も他の任務につける。そういう常識で考えればわかることが、そのまま描かれていたことに、良い意味の時代の流れを感じた。

それはともかく、主人公は戦争や怪獣と戦うにはあまりにナイーブである。戦後になっても特攻から逃げた負い目で引きこもりになりそうな様子だし、日本映画独特の、登場人物が感情的に喚きあうシーンも多く、見始めは先が思いやられた。が、実は混乱しながらも弱者をかばって生活基盤をきちんと整えていく強さを持っていることがわかってくる。そして選んだ職場が、ゴジラとの対決の場になる。

今回のゴジラは凶悪そのもので、歴代作同様、どう戦うのかが大きな見せ場だ。ここでハリウッドならマッチョなスーパーヒーローや軍が大胆な作戦で立ち向かうが、予期せぬアクシデントが発生。観客をハラハラさせながら、主人公のアイデアと運で辛勝するところかもしれない。ところが本作でゴジラに対するのは一般人の集まり。そして作戦通り全員がマニュアルに従って一歩一歩ゴジラを追い詰める。あまりスリリングでないように聞こえるが、「プロジェクトX」が徐々に成果を上げてゆくような、爽やかな達成感を感じさせてくれる。

物語が進むにつれ、主人公のナイーブさが、実は傷つくことを恐れず1ポイントでも目的に近づこうとする強かさだったことがわかる。そして、特攻をためらったのも、理不尽に対する抵抗だったのかもとさえ思えてくる。それは、次々と世界規模で起こる変化やブラックな職場など、鬱屈とした環境を生き抜く現代の若者の姿そのものかもしれない。
スムーズなストーリー運びの中で、そんなことを考えさせてくれる本作は、磨き上げた細部を組み上げて、巨大建築物を作り上げたような良作である。監督の綿密さや視野の広さがうかがわれ、次回作も安心して期待できる。