作曲はグレンミラー(1904年3月1日~1944年12月15日)、彼自身のオーケストラの代表作でもある。バンド自体が長く活躍しているので、こんな昔に亡くなった人物だとは思わなかった。youtubeで見る限り、あまり新しいプレイヤーの演奏がなかったので、本家の演奏を。そんなに古さを感じさせる曲ではないと思うが、あまり取り上げられないのは、グレンミラー・オーケストラのイメージが強すぎるからかもしれない。
パブリック・ドメイン名曲集
Dear Old Stockholm
マイルス・デイビスは1991年になくなっているため、オリジナルが多い彼の演奏は、パブリック・ドメインとして登場する機会がない。何かないかと探していたら、1955年の「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」のこの曲が、スエーデンの伝統曲だったことを知った。いろいろなジャズマンが取り上げていて、どちらかといえばモダンな印象だったので、気が付かなかった。
マイルス・デイビスについては、なんと言っても地元札幌でのステージのことが忘れられない。正直に言うと、このころのマイルスが発表した、「アガルタ」などのエレクトリック・フュージョン音楽は、好きになれなかった。まさか地元まで来るなどとは思わなかったので、さんざんけなしてもいた。
そこへ札幌公演のニュースである。ジャズが好きで、心はハーレムにあるとはいえ、身は札幌。そんな我々のもとに、帝王みずからお越しいただけるのである。それまでの演奏スタイルには戻らないようなので、往年の枯れ葉やモーニンは、間違っても聴けそうにないのだが、それでも「見るつもりで行こう」「いや、拝むのだ」「気難しいそうだから、途中で帰ったりしないだろうか?」「だとしても、オレは何も言えねえ」と、ドキドキハラハラで其の日を待った。
ステージのことは正直あまりよく覚えていない。帝王と同じ空間にいるというだけで、打ちのめされてしまったのである。幸いにも演奏途中で帰ってしまうことはなかったが、後に「マイルス・デイビス自伝」を読んだところによると、日本公演中は上機嫌だったそうだ。あれで?という感じではあるが。
アメリカでは、ジャズの巨人でも、自分で楽器を持ってバスや車でクラブを回り、自分で宿も探さなければならない。黒人のミュージシャンの立場はそんなものだったらしいが、日本では空港に出迎え、宿泊は一流ホテルという扱いを受ける。「バーンスタインのように扱われた。日本人はジャズをわかっている。日本人を愛している」と書いてあった。

