李子柒 / 歌

今回の李子柒は紹介するかどうか迷った。何しろ後半が歌なのである。後日紹介しようと思うが、この動画シリーズは模倣サイトもかなり多い。そこらへんとの差別化か。それとも誰かが言ってたように、厚化粧になってきたこともあるので、何かのあせりから血迷ったのか。農業と食がメインだが、実は歌も歌える…って、どこかで聞いたことがあるぞ。

この狙いがあたってさらにファンの心を鷲掴みにするか、凋落のきっかけになってしまうか、私自身はこういう「やらかしちゃった」後、どうなるかが楽しみだ。

ともあれ前半は、大晦日にアップした動画だからか、調理シーンでこれまでにも増して鮮やかな手並みを見せてくれる。中国は旧正月だから、大晦日は関係ないかもしれないが。
肉や野菜を下ごしらえして、ジンギスカンに似た、よくわからない鍋で焼いていく。解説では貴州省の火鍋について触れていたが、画像検索しても、我々の知ってる煮込み鍋が出てくるだけで、こういう変わった鍋は見つからなかった。
この鍋でまず唐辛子を乾煎りしてすりつぶし、塩と混ぜて薬味を作る。うーむ、これからは塩山椒でもレモン塩でもなく、唐辛子塩だな。上部のお椀状のところで鶏の皮から脂を出し、鍋の斜めの部分にかけ回しながら素材を焼く。締めは、インド料理店のナンのように、コンロの内側に餅(ピン)を貼り付けて焼く。演出効果もたっぷりで、新しいビジネスを考えている飲食業にはヒントになるかもしれない。

後半はすべて歌なので、鍋のシーンを見たら切り上げてもいいかな。別に下手といういうほどではないし、何故かギターのブランドを隠してあったりと、それなりの見どころもあるのだが。

ウィンドリバー

2018年日本公開の、実話に基づいたミステリー映画。アメリカの僻地、極寒の先住民族居留地で起こった殺人事件を、地元のベテランハンターとフロリダから呼ばれた女性FBI捜査官が追う。どのシーンも無駄なくサスペンスでハードボイルド、軽薄でない、重量級のかっこよさが満ち満ちている。

極寒の冬は、どんなに明るく晴れ渡っていても、すぐ身近に死の危険がある過酷な世界だ。この絵になりにくく、暖かい地方の人には理解してもらいにくいことを、映画は冒頭から突きつけてくる。それだけで、北海道民の心を鷲掴みである。

主人公を演じるジェレミー・レナーが渋いのは言うまでもないが、ヒロインのエリザベス・オルセンも良かった。作品のシリアスさにちょっと不似合いな、愛嬌のある美女という雰囲気だったが、抑えた演技で、最期はしっかりタフなところを見せてくれた。

少数民族の、しかも女性の置かれた環境、閉鎖的な地域社会に内在する闇など、社会的なテーマもきっちり描いているだけに、そこに目を奪われがちだが、シャープなアクションやリアルでクールに描かれた大自然、そしてとにかく重くかっこいいセリフなど、エンターテインメント性も抜群である。
監督・脚本のテイラー・シェリダンは、なんとこれが初メガホン。名前を覚えておいて、次回作にも期待せざるを得ない。

オーストラリア人が茨城の民家を再生

Jaya氏はオーストラリア生まれで11年間ロンドンで過ごした後、現在東京で妻子とともに暮らしている。子供のための広い家や庭が欲しくて、茨城県南部の農家の建物を、公売で300万円で手に入れたという。5年前に家主が亡くなり、農業を嫌がって子供たちも相続を放棄した物件らしいが、1400㎡の土地もあり、1987年に5千万円で建てたと言う。

建物は、ところどこのにサッシ等を使っているが、伝統的な日本家屋である。仏間の柱などは欅のようだ。床柱も紅木か塗りかわからないが、かなりな太さがあるがわざとらしい絞りなどがなく、好感がもてる。欄間の長押は随分と厚みがあるが、天井が高いので圧迫感がない。欄間も彫刻ではなく、細密な組子でできていて、実に良いバランスになっている。天井も寺や武家屋敷のような格天井などにせず、すっきりした板張りで民家らしい仕上げだ。昔ながらの日本の民家には、土地ごとに造りや装飾に決まり事があるので、この仏間のセンスも、この地域独自のものかもしれない。

仏間と客間以外の部屋は放置されたゴミばかりが目につくが、欄間にハンガーがたくさんかかっていて中途半端な釘隠しもなかったから、多分本長押をつけてあるのだろう。敷地内には中途半端な納屋がいくつか建っていて、農具や古くなった家財道具が詰め込んである。燃えるものは敷地内で燃やしてしまい、大きな物は納屋を作って放り込んでしまう。昔の農家の典型的な暮らし方をしてたのだと思う。
おそらくバブル景気の折に農地を手放して母屋を建て替えたが、農家をできなくなり、やがて一人暮らしになって掃除も行き届かなくなるが、仏間だけは最期まできれいに使っていた。そんなストーリーが見えてくる。ゴミの片付けや修復には、さらに何百万もかかかるだろうが、きれいになったところを見てみたいものだ。

昔ながらの棟梁に任せて建てる建物は、現代の住居とはかなり違う。建築が決まってから建材を探していては手に入らなかったり、高く付くので、棟梁は日頃からめぼしい建材を手元にストックしている。こういう普請があったときにそれを放出してくれるので、贅沢しているようでも、案外に安くつくものである。3年間かけて建てたというは随分と長くかかったようだが、そもそもこういう家は、早く建てないと住むところがなくない人が建てるものではない。棟梁がほかの仕事の合間に時に重機や助っ人を呼び、ときには一人で少しずつ造っていく。無理に人を集めたりしないので、手間賃も安くつく。施主も時折現場を訪れては、板図には描いてない細部の工夫を棟梁と一緒に決めていくのが、こういう建物を作る際の楽しみでもある。

そうしてできたせっかくの日本建築を、子供が相続しないのは残念なようにも思えるが、伝統家屋は建物だけ残っても意味がない。この程度のものは日本にはいくらでもあるので、文化財にもならず、公売価格が妥当な評価だろう。むしろ棟梁のもとに技術が残って、理解のある施主が現れれば、いつでも同じように建てられることが伝統なのだ。その意味では、今はなき施主も、日本の伝統文化継承に大きく貢献したといえる。

動画は、修復状況に合わせて随時最新情報がアップされている。今後の進捗がちょっと楽しみだ。