広告ブロッカーvs.IT業者、抗争の歴史

「広告ブロッカー」は、ウェブサイト画面や動画から広告だけ表示させなくする、ブラウザ用プラグインだ。ネットに氾濫する広告は、見かけが雑然とするだけでなく表示速度の遅れやユーザーの情報収集、さらには不審なサイトへの誘導など、さまざまな弊害をがある。それに対する自衛ツールとして、利用者が増えてきた。
一方こブロッカーは広告費で成り立っているIT企業やサイト運営者の大敵で、技術的な対抗策を講じたり、広告の役割やサイト運営への理解を訴えるなどして対抗してきた。どちらにも相応の言い分があって結論が出ないまま、今も続いている大きな問題だ。今回は、ブロッカーのユーザーとブラウザなどIT業者との抗争の歴史を、ChatGPTにまとめてもらった。

広告は「スポンサー表示」にすぎず広告ブロッカーも存在しなかった90年代。WEBがビジネスになり、無料コンテンツの登場とPV至上主義に対する視聴者の違和感が生まれる00年代。「快適に読むためのツール」としての広告ブロッカーが誕生してからは、互いを出し抜く技術のいたちごっこが始まる。そしてブラウザそのものの中立性が失われ、ユーザー側に立って広告を見ない自由を提供するものと、ユーザーの閲覧環境改善の名のもとにブロッカーを排除するものとに別れていく。自分がネットに対して薄々感じていた違和感や騒がしさが、極めて熾烈な抗争の一端だったのだと知らされた。

タイトル画像の話 / 今夜

やはりタイトル画像が気に入らないので取り替えることに。背景はAI製。「ウエストサイド・ストーリーに出てくるような、非常階段のある古いレンガ造りのビル」という注文で、なかなかの仕上がりだ。よく見ると1階から非常階段が繋がっているのが不用心だが、雰囲気はよく出ている。
だが、もう少し正面からの画像になるよう注文をしたら、権利関係云々の警告が出て拒否されてしまった。一時期、AI製のディズニーキャラクターなどが問題になったので、修正を重ねて問題のある画像に近づけるような行為は、規制されるのかも知れない。今回は、最初に具体的な映画の題名を出したのが悪かったような気がする。指示してないのに夜の画像になったのも、映画の階段のシーンが夜だったからだろう。ただ、あれは路上ではなかったのだが。

そこで試しに、有名な「今夜」の英語の歌詞を、主人公たちの2カ国語に翻訳するよう注文したが、これはすんなり通った。どのへんが境目なのか、よくわからない。

さて、トニーとマリア、ポーランド語とスペイン語(プエルトリコ)、移民、分断と対立。残念なことに、半世紀以上も前の映画のテーマは、現代にもそのままあてはまってしまう。映画は誰も救われない結末だったが、現実の世界はハッピーエンドになるだろうか?

これは、第三次世界大戦じゃないの?

戦争にはいろいろな関わり方がある。第二次大戦の際も、宣戦布告だけして参加しなかった国もあったし、日本人の中にさえ戦争があったことを知らないままの人もいた。一方で宣戦布告しなくてもどちらかを影から支援すれば、敵対国の攻撃を受ける。特にネット上では何年も前から激しい攻防が続けられていて、世界中が無関係とは言えない状態だった。

孫子の言う通り戦争は避けられないものだが、歴史の繰り返しで起こるわけではない。第二次大戦の教訓はしっかり息づいていて、日本は戦前の政府・国民と違って正しい立場を選んだように思う。アメリカも同じだ。真珠湾の教訓をしっかり活かして、今回は先制攻撃だ。
今回は民主国家対そうでない国家の対決のようにも見えるが、そのへんは言葉の上だけの話だ。世界でニ番目に民主化されてない国の国名に民主主義とついてるくらいだから。
今後どう展開するかはわからないが、独裁国家の脆さは露呈したように思う。国で一番重要なトップが失われたのに、まだ後継者も決まらず、組織的な反撃もできないまま集中砲火を浴び続けている。他のそれより少々厄介な独裁者たちも、同類が軽々と誘拐されたり排除されていくのを見て、隠れ家に引きこもっても安心できないことを知る。日米なら、瞬時に副大統領や官房長官が権限を受け継いで、緊急時マニュアルに沿って行動しているところだが、独裁国家ならそれからが内紛劇の本番だ。そして後継者が決まったとして、反撃の決め手になる軍はキーマンたちが粛清されてしまっていて、あんまり機能しない。だから第三次世界大戦と言っても、こちらにはそれほど飛び火してこないような気がする。

ただし日本もいつまでも傍観していられるかはわからない。ホルムズ海峡が機雷で封鎖されれば、掃海作業の得意な自衛隊が出ていかないわけにはいかないだろう。それが停戦後になるか、ミサイルをかいくぐっての作業になるかは大問題だ。