まずは写真を御覧いただきたい。これはオピウムウェイトと呼ばれもので、その昔、主に中国でアヘン取引に使われた秤の分銅である。

以前、海外のアンティーク専門サイトで売られていたのを観て、確か自分も持っていたはずだと思って探したら、本棚の隅からひょっこり出てきた。手に入れたのは何十年も昔だが、その時からすでにご覧のように古びていた。特に右側のものはすり減って文様が見えづらくなっている。素材は真鍮だと思うが、全体をほこりや汚れが黒く覆っているので判らない。飾り物などではない、長年アヘンの取引で使われてきた証である。もしかしたらちょっとアヘンがくっついているかもしれない。
アヘンは専用のキセルでタバコのように吸う麻薬で、イスラム圏で生まれ当初は医薬品として、シルクロードを通じて広まっていったが、そのうち麻薬として吸引する者が増えていった。大航海時代以降公益ルートができてからは、清からイギリスへは茶、イギリスからインドへ綿織物、インドから清へ銀という三角貿易だったが、イギリスの対清貿易赤字が膨らんだことから、次第にアヘンに切り替えていった。清政府はまん延するアヘンに危機感をつのらせ、イギリス商館を焼き討ちにしたのが、有名なアヘン戦争(1840)のきっかけだ。
この三角貿易を担った東インド会社は、茶やアヘンなどの商品以外にも傭兵を売ったほか、自前の軍隊も持っていた。そしてジャーディン・マセソン社として現在も続いていて、ドン・ペリニヨンの販売で有名だ。そのロゴマークはアヘンの原料であるケシの花である。
どこにも健全な部分のないような話だが、アヘンも傭兵も、当時は企業だけでなく国の経済の一翼を担う合法的な商品であった。それらは戦争を引き起こすほどの大きな欲望を掻き立てたが、現代社会はそんな出来事を土台にした上に出来上がっている。そして欲望が大きければ大きいほど、その名残はいつまでも証拠の品を残す。オピウム・ウェイトの、大きさの割にずっしりとした重さは、歴史と人間の欲望の重さかもしれない。
ちなみにオピウム・ウェイトは、オークションなどでそれなりの値段がついている。自分がそんな値段で買ったわけがないので、ちょっとした儲けもある。ものがものだけに皮算用が似合う気がするし、由来のわかる人しか買わないだろうから売ろうと思う。手元に置いて紛失させるより、更に何十年も先に伝えられるかもしれないので。




