ラ・ラ・ランド

セッションで話題を巻き起こした、デミアン・チャゼル監督の作品。
前作セッションでは、ジャズの世界を舞台に、誰も立ち入ることのできない緊張感あふれる師弟関係を描いて見せた。そして期待の集まる本作で見事、史上最年少のアカデミー監督賞を受賞した。

内容はいたってオーソドックスなミュージカル。恋愛映画としても、正統派だ。セッションほどの衝撃はないが、その分実力を感じさせる。よくミュージカルが嫌いな人は、唐突に歌ったり踊ったりするのがイヤだという。が、この作品では、ストーリー部分はあくまで自然に、ミュージカル部分は華やかに、というメリハリが強いが、その落差をなかなか面白いやり方で克服している。

物語前半は、あまりのロマンチックさに、これはバッドエンドしかないなと思わせるほどだが、後半になるとハッピーエンドとバッドエンド、両方の予感を漂わせながら、一風変わったエンディングに向かっていく。悪役も登場しない、大事件も起きない、起伏の乏しいストーリーとも言えるが、大げさに泣いたり叫んだりしない現代的なシーンが印象的だ。

名作には名シーンが欠かせないが、この作品の場合は何と言っても冒頭のダンスシーンだろう。高速道の渋滞した車の合間を縫って、大勢のダンサーたちがダイナミックなダンスを繰り広げる。それが、フレッド・アステアもびっくりの5分間ノーカットの長回しである。しかも前後左右、上へ下へと自在に動き回るカメラワークは、どういう具合にクレーンやレールを敷いたのか見当もつかない。カメラが振り返ったり、高く上がって全体を俯瞰で眺めても、カメラ機材がどこにもないのである。デジタル撮影ではなく、あえてフィルムを使ったと言うが、フィルム撮影した素材を、コンピュータ技術でつなぎ合わせているのではないかと思う。

インターステラー(2014アメリカ映画)

長い間、ファンタジー映画が幅をきかせ、SFらしいSF映画が少ないと感じていたが、このところ見ごたえのある作品が封切られていたようだ。前回紹介した「オデッセイ」もそうだが、「インターステラー」もSF気分をたっぷり堪能できた。

私はSFと言うと、科学が物語の根幹を成しているような作品を指し、個人的には大好きなスターウォーズも、SFには入れていない。インターステラーは、ブラックホールや相対性理論など、本格的な物理の理論を扱っているので、なかなか難しい部分がある。とは言え、家族の愛やスペクタクルな大自然の猛威、人間同士の軋轢など、映画らしい楽しさが盛りだくさんで、多くの人が楽しめる作品だ。

また、往年の名SF映画「2001年宇宙の旅」へのリスペクトが散りばめてあったのも印象的だ。地球外からの呼びかけに気がつくきっかけが重力の異常で、他の宇宙への入り口が土星にできているというのは、「2001年」そのものだ。(土星は小説版の「2001年」、映画版は木星が舞台)。さらに、「2001年」で特に印象的な石版「モノリス」とコンピュータ「HAL」を合わせたような、板状のサポートロボットが登場する。これがなかなかのもので、登場した時はあまりにムリヤリな造形に少し興ざめしたほどだったが、ストーリーが進むに連れ、スムーズな変形と多機能ぶりに、むしろ合理的な設計のように思えてきたほどだ。

人類を救うため、ワープして未知の星系へ行き、居住可能な惑星を探す。そのために数年前に。一惑星に一人ずつ先乗りさせていた観測員を救助に行く。だが、思いもよらない出来事で次々と失敗してゆく。さすが宇宙は、主人公の思惑も映画的ご都合主義も、一切気にとめないのだなあと感心したほどだ。
とはいえ物語はなんとか解決する。多分、難解な物理の理論が見事に映像化されてるのだろうなとは思うのだが、肝心の理論を知らないので、味わいきれなかった部分はある。これは不徳のいたすところだ。
物事は決して思った通りにはならないが、悪あがきしてれば、思いもよらない幸運も訪れる。そんな私の人生訓そのもののような映画である。

オデッセイ(2015 アメリカ映画)

何年か前から、久しぶりにSFらしいSF映画が立て続けに封切られているなと思っていたが、なんとなく見逃していた。これはそんな作品のひとつ。

洋画の邦題のつけかたがおかしいのは有名だが、これもまた、どこにも”オデッセイ”な冒険や活劇はない。原題の「the martian(火星の人)」が示すとおりに、事故で火星に一人で取り残された宇宙飛行士と、生還のために奔走するNASAなど、地球側の話だ。ロビンソン・クルーソーと、名作映画「アポロ13」をミックスして、徹底的な科学考証を施したような映画である。美しい映像と、火星で生き抜くためのアイデアを、主人公の身になって味わう。そんな地味な映画でもある。

この作品に悪意を持った人物は出てこないし、人間関係の軋轢も描かれない。とりわけ主人公は絶望的な状況でも常にポジティブで、悲嘆にくれたり癇癪を起こすこともない。テーマから予想される重苦しさは全くないのが映画としては少々異色だが、宇宙飛行士は世界中で最もポジティブな思考の者から選ばれ、そのチームは個性や相性が徹底的に調査され、テストされて編成されるのだから、実は非常にリアリティがある。

エンドクレジットにNASA関係者が何名も名を連ねていただけあって、科学的考証が徹底している。寒さをしのぐため、使用済み核廃棄物のケースを取り出してその熱を利用したり、活動停止した火星探査車を掘り出して修理し、限定された能力の範囲内で地球との通信を回復したりと、まるでNASAで実際に行われる遭難を想定した議論を、そのまま映像化したようだ。