タイトル画像アーカイブを修正

作画テクニックの向上のためにこれまで作ってきたタイトル画像を、「タイトル画像アーカイブ」として公開してきた。そのつもりだったのだが、FIREFOX以外のブラウザでは、正しく表示されていないことに、1年ちょっとの間、全く気が付かなかった。そこで取り急ぎ修正したので、あらためてお披露目する。

タイトル画像アーカイブ

言い訳になるが、WORDPRESSの新しい編集画面「グーテンベルク」で、クリッカブルなサムネイルを羅列する方法がよくわからなかったのだ。そこで、HTML文で無理やり並べていたのが悪かったらしい。正しい画像の並べ方は、ボックスのタイプから「ギャラリー」を選んで、その中に画像を入れていくのだが、ひとつのギャラリーに画像1枚の場合は画面左右いっぱいの幅、2枚なら2等分、3枚なら3等分の縮小画像が、自動的に横に並ぶ仕様だ。

WORDPRESSはアップした画像からサムネイル用やスマホ向けなど、サイズ違いの画像を7種類ほど自動作成する。せっかく作った元サイズのタイトル画像もさることながら、これらのファイルを無駄に貯めていくのがもったいないので、使い回しするための企画である。ご笑覧を。

not by AI

去年から今年にかけて、AIに注目が集まっている。さらに一節によれば、2025年までにオンライン・コンテンツの90%はAIが生成したものになるとも言われている。そんな中、AIで生成されていないことをサイトで宣言するマークが登場した。画像、文章、音楽など、全体の90%が人間が作ったものであることが、掲出の条件だ。そこで本サイトでもさっそく掲出してみた。

この取り組みで想定されているのはウェブサイトだけだが、絵画などのアートにも適用されても良いだろう。特に広告代理店やデザインスタジオにとっては非常に深刻な問題だ。
かつて広告制作の現場にPCが登場した際は、さほど作業の効率化にならないだけでなく、クライアントから効率化を理由に納期の前倒しや料金の見直しを迫られるケースすらあった。私自身は早くからPCを使っていたため、デザイン事務所からよく導入の相談を受けたが、時代の流れには逆らえないとは思いつつも、
「紙と鉛筆だけで金を生む業種が、設備投資してしまえばコスト的に効率化どころではなくなる。もし入れるなら制作より先に経理・伝票管理に使って、どんぶり勘定から脱却するべきだ」と言ったのだが、案の定無計画なPC導入は自分の首を締めることになり、首を吊った経営者もいる。地方だとそんなものだった。

AIサービスも、制作工程の簡略化、低コスト化に役立つなどと皮算用をしてるならとんだ大間違いで、サービスの利用には新たな費用がかかるし、苦心の力作を、AIで作ったのではないかと勘ぐられ、買い叩かれるのがおちである。広告デザイン業は、昔は相応のリスペクトを受けていた業界だが、トップランナーが先頭を切って国際イベントのマークをパクったり、在宅勤務の宣言だけして出社・残業していたことが笑いものになったり、不正受注を行っていたりと、信頼が地に落ちている最中だ。

サグラダ・ファミリア

スペイン、マドリードに建設中のサグラダ・ファミリア大聖堂は、1882年に建設が始まり完成に数百年かかるとも言われていた。その話を聞いたときには自分の生存中には完成が見られないと思ったのだが、2026年に早まったという。これはコンピュータが利用可能になったためだとか。すでに入場券の予約が始まっており、さらに「アシャンプラ(エシアンプラ)」と呼ばれる古い地域には、教会関係者や観光客のためのエリアを計画中で、ガウディの影響を受けた建築家などによるコンペが行われているという。ただし、新型コロナウィルス感染拡大によって環境客が減り、資金不足のため延期になるとも言われえいるが、間近に迫っていることは間違いない。行くことはないと思うが、嬉しいニュースではある。

ちなみに、世界にはサグラダ・ファミリア以上に建設に時間がかかった、または現在建設中の宗教施設というのも珍しくないようだ。例えば、
サン・シュルピス教会聖堂(フランス):11世紀に建設が開始され、現在も建設中で、完成時期は未定。
コーナル寺院(インド):7世紀に建設が始まったヒンドゥー教の寺院で、現在も建設中。完成時期は未定。
シャーアンドゥール(イラン):3世紀に建設が始まった、ゾロアスター教の火の神殿。建設期間1800年。

ところでこの文章は、噂のChatGPTの助けで作成した。この記事の文章をそのまま書かせる方法はよくわからなかったが、検索エンジンがわりとして、なかなか役に立った。情報が本当に正しいかどうかはまた別の話だが、今後はいろいろな場面で使われていくだろう。ChatGPTで作りました、などと得意になっていられるのは今のうちで、そのうちよほどユニークなことを書かないと、ブログの意味がなくなってしまうのかもしれない。